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岡山地方裁判所 平成8年(ワ)1106号 判決

原告

藤井八重子

ほか二名

被告

田村義治

ほか一名

主文

一  被告両名は、各自、原告藤井八重子に対し金二〇六五万九九二七円、原告藤井千恵美に対し金一〇三二万九九六三円、原告藤井誠に対し金一〇三二万九九六三円及びこれらに対する平成七年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告藤井八重子に対し金三七六六万一九二七円、原告藤井千恵美に対し金一八八三万〇九六三円、原告藤井誠に対し金一八八三万〇九六三円及びこれらに対する平成七年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡藤井博(以下「亡藤井」という。)は、次のような交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

(一) 事故発生日 平成七年六月九日

(二) 事故現場 岡山市沖元四四四番地先国道バイパス上

(三) 加害車両等 被告田村義治(以下「被告田村」という。)が運転する普通貨物自動車(登録番号広島一一か六二八五)。

(四) 態様及び結果 被告田村は、右同日、同所において、加害車両を運転し、大阪方面から広島方面に向けて進行するにあたり、進路前方を十分に注視して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と進行した過失により、ガードレール清掃作業標識車に加害車両を追突させ、その衝撃により右標識車を前方に約二五メートル押し出し、右標識車に先行して中央分離帯のガードレールを清掃していたガードレール清掃車に右標識車を追突させ、それにより右清掃車の右側後方路上にて右清掃作業の補助に従事していた亡藤井が右標識車と右清掃車に挟まれ、同人は、出血性ショック、骨盤骨折、右大腿骨骨折、右下腿骨折、骨盤内蔵器損傷の傷害を負い、同日、死亡した。

2  被告田村は前方注視義務違反を理由とする民法七〇九条、七一一条の責任が、被告有限会社平本梱包(以下「被告会社」という。)は、加害車両を同社の運送業務に使用し、自己のために加害車両を運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条の責任がそれぞれあり、連帯して責任を負う。

3  本件事故により生じた損害額は合計金七〇〇一万五四五四円であり、その内訳は以下のとおりである。

(一) 治療費 金六九万一六〇〇円 但し、総合病院岡山赤十字病院に平成七年六月九日救急搬入、救命処置を施行したもの(同日、死亡)。

(二) 文書料 金一万〇三一〇円。

(三) 葬祭料 金一五〇万円。

(四) 逸失利益 金三七八一万三五四四円。

亡藤井は、本件事故当時五五歳であり、訴外社団法人中国建設弘済会(以下「訴外弘済会」という。)岡山支部の技能員として働き、本件事故前の平成六年の一年間には、金五八六万二〇四七円の収入を得ていた。したがって、亡藤井は、本件事故がなければ就労可能な六七歳まで就労し得たはずであるから、右収入を基礎としてその間の得べかりし利益を算定し、同人が原告八重子(以下「原告八重子」という。)及び同居の母(訴外藤井カン)を扶養していたこと等から生活費控除率を三割とし、右期間中の得べかりし利益について新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除し(係数九・二一五一)、本件事故当時の現価を算定するとその額は金三七八一万三五四四円になる。

五八六万二〇四七円×(一-〇・三)×九・二一五一=三七八一万三五四四円

(五) 慰謝料 金三〇〇〇万円。

本件事故現場は見通しの良い道路であり、被告田村の前方不注視の過失は極めて重大かつ一方的なものである。しかも、亡藤井は、車両に挟まれて出血性ショック、骨盤内蔵器損傷等により死亡したものであるところ、その事故の態様は極めて悲惨であり、死亡するまでに亡藤井の受けた肉体的、精神的苦痛は想像を絶するものがある。また、健康で働き盛りであった亡藤井は一家の大黒柱として、まさに同居の原告らから頼りにされていた存在であり、実母である訴外藤井カンの通院付き添いなどもかいがいしくこなしていた。さらに、亡藤井の二人の子供は未婚であるが、その結婚を見ぬ間に死亡し無念の思いを抱いたものと思われる。

4  亡藤井の相続人は、妻の原告藤井八重子、長女の原告藤井千恵美(以下「原告千恵美」という。)、長男の原告藤井誠(以下「原告誠」という。)である。原告らは法定相続分に従って、亡藤井の被告らに対する損害賠償請求権を、原告八重子が金三四六六万一九二七円、原告千恵美及び原告誠がそれぞれ金一七三三万〇九六三円ずつ相続した。

5  弁護士費用

(一) 原告八重子分 金三〇〇万円。

(二) 原告千恵美及び原告誠分 各金一五〇万円。

6  よって、原告らは、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自、原告八重子については金三七六六万一九二七円、原告千恵美及び原告誠についてはそれぞれ金一八八三万〇九六三円並びに右各金員に対する本件不法行為の日である平成七年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因事実1、2は認める。

2  同3は、治療費を除いて不知。治療費については認める。

3  同4のうち、相続関係は認めるが、その余は否認する。

4  同5は否認する。

三  抗弁

1(弁済)

自動車損害賠償責任保険から治療費として六九万一六〇〇円を原告らに代わって岡山赤十字病院に対して支払済みであり、さらに損害賠償として金三〇〇〇万四〇〇〇円を原告らに対して相続分に応じて支払った。

2(因果関係の割合的認定)

(一)  本件事故においては、訴外弘済会が亡藤井らをしてガードレール清掃作業に従事させるに際して、以下のような作業の安全に十分配慮する義務があるのにそれを怠ったことが認められる。

(1) ガードレール清掃作業は、通常はまず先頭をガードレール清掃車が走り、その後方に作業員が乗った標識車が続き、その後方にガードマンが付く形で行われており、ガードレール清掃車と標識車との車間距離は通常二〇から三〇メートルとられていたが、本件事故時、ガードレール清掃車と標識車との車間距離は一六・八メートルしかなかった。

(2) 本件事故の標識車の標識板の矢印は、本来進行車両を進行方向に向かって左へ誘導する方向に向いていなければならないところ、反対の右方向を向いていた。

(3) 本来は清掃作業の際、ガードマンが標識車の後ろを歩きながら旗を振って作業中であることを後方の車に伝えることになっており、標識車がスピードを上げるときだけ標識車の荷台に乗ることになっていたが、本件事故当時、ガードマンの訴外横山和則は標識台に乗ったまま旗を振っており、後方車両からは作業中であることを認識しにくい状況であった。

(4) 訴外横山和則は、事故発生日に初めて派遣された者で現場の交通整理に慣れていなかった可能性がある。

(二)  以上のように、亡藤井の派遣元である訴外弘済会は作業について作業員の安全を確保するために十分な打合せを行う義務、現実に安全の十分確保された状態で作業を行わせるべき義務があるにもかかわらずそれを怠っている。このようないわゆる安全配慮義務違反と被告田村の前方注視義務違反とが競合して本件事故が惹起され、損害が拡大したものであるから、被告らの賠償すべき範囲も結果に対する寄与率に応じて減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  弁済の事実は認める。

2  因果関係の割合的認定とは、被害者の個人的素因、例えば心因的要素や既往症等が損害拡大に寄与していた場合に過失相殺の規定(民法七二二条二項)を類推適用して賠償額を減額する考え方であり、この考え方を本件に適用して、被告が主張するいわゆる使用者の安全配慮義務違反の事実を賠償額の減額要素とすることは、いわば事故の被害者と対峙的な労使関係にあった使用者側の問題を労働者個人の問題に転嫁することにほかならず、不合理不公平で明らかに被害者救済にもとるものであるから、本件において採用されるべきではない。

なお、被告らが安全配慮義務違反と主張する訴外弘済会の行為は、いずれも本件損害の発生、拡大の原因となったものではなく帰責性は認められない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因事実1、2については当事者間に争いがない。

2(一)  請求原因事実3のうち、本件事故による亡藤井の治療費が六九万一六〇〇円かかったことについては当事者間に争いがない。

(二)  文書料及び葬祭費については、成立について争いのない甲第四号証の一ないし三、第五号証及び原告八重子の本人尋問の結果によれば、本件事故により、死亡診断書等の文書料として金一万〇三一〇円、亡藤井の葬祭費用として金一五〇万円かかったことが認められる。

(三)  逸失利益については、成立について争いのない甲第七号証の一、第八号証及び原告八重子の本人尋問の結果によれば、亡藤井は死亡当時五五歳の健康な男性であったこと、亡藤井が死亡した前年の給与収入は五八六万二〇四七円であったこと、亡藤井が一家の支柱として原告八重子及び同居の母である訴外藤井カンを扶養していたことが認められ、これらの事実によれば、亡藤井は本件事故がなければ六七歳までの一二年間は就労可能であったものと推認でき、亡藤井の死亡による逸失利益の算定については、右就労可能な期間を通じて控除すべき生活費の割合を三割とするのが相当であり、年五分の中間利息の控除につき新ホフマン式計算法を用いて死亡時における亡藤井の逸失利益の現在価額を算定すれば、次のとおり金三七八一万三五四四円と認められる。

五八六万二〇四七円×(一-〇・三)×九・二一五一=三七八一万三五四四円

(四)  慰謝料については、前記のとおり認定された本件事故の態様、結果、亡藤井の年齢、生前の生活状況、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故によって亡藤井が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金二六〇〇万円が相当である。

3  請求原因事実4のうち、原告三名が亡藤井を法定相続分に従って相続したことは当事者間に争いがない。また、前記認定事実によれば、本件事故により亡藤井が被告らに対して合計金六六〇一万五四五四円の損害賠償請求権を取得したことが認められるから、原告らは法定相続分に従って、右請求権につき、原告八重子が金三三〇〇万七七二七円、原告千恵美及び原告誠がそれぞれ金一六五〇万三八六三円ずつ相続したことが認められる。

4  原告三名が本件代理人に本訴の追行を委任し、着手金を支払い、報酬の支払約束をしたことは弁論の全趣旨から認められるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等を勘案すると本件事故による損害として請求することができる弁護士費用としては原告八重子について金三〇〇万円、原告千恵美及び誠についてそれぞれ金一五〇万円とするのが相当である。

二  抗弁1は当事者間に争いがない。

三  なお、被告らは、抗弁2として、亡藤井の派遣元である訴外弘済会が、本件事故時における清掃作業に際して、作業員の安全を確保するために十分な打合せを行う義務あるいは現実に安全の十分確保された状態で作業を行わせるべき義務があったにもかかわらず、これらの義務を怠ったことが、本件事故の発生及び損害の拡大の原因となったものであるから、その寄与率に応じて被告らの賠償義務は減額されるべきである旨主張する。しかし、前記認定のとおり、本件事故態様及び結果からすれば、本件事故が被告田村の前方注視義務違反行為により引き起こされ、右過失行為と前記認定の全損害との間に因果関係が認められることは明らかであるし、仮に、本件事故に際して、亡藤井の使用者である訴外弘済会に被告らの主張するような亡藤井に対する安全配慮義務違反があったとしても、これを被告らの賠償額の減額要素とするのは、いわば被害者である亡藤井と対峙的な労使関係にあった訴外弘済会の責任の負担を、加害者である被告らではなく被害者である亡藤井側が負担することになってしまい、不合理不公平な結果となる。したがって、被告らの主張する因果関係の割合的認定の考え方は、本件においては採用できず、抗弁2は主張自体失当である。

四  以上の事実によれば、原告らの被告らに対する本訴請求は、原告八重子について金二〇六五万九九二七円、原告千恵美及び原告誠についてそれぞれ金一〇三二万九九六三円及びこれらに対する不法行為の日である平成七年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小森田恵樹)

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